我が家には、ソクラテスがいる。

 

 

日曜日の朝、

机の角がこれ以上ない正しい直角でそこにあると訴えかけてくるほど、ピンと張られた白いテーブルクロスの上で、オシャレな朝食をとる。

…といったこともなく、食パンも、白いご飯も切らしていたので、仕方なく袋とじのラーメンを鍋にツッコみ、胃に放り込む。

仕方なくとはいったが、ラーメンは好きだ。だから、とても美味しかった。

 

リビングでは、すでに目を覚ましていた息子と娘がテレビゲームをしていた。

子どもたちの社会はもう、春休みか。

日曜日だからそんなことは関係なく休みなのだけど、なんとなくそんなことを思い、ソファに腰をかけた。

ポケットからアイフォンをとりだし、ツイッターを開く。もはや条件反射のような一連のこの作業は、現代病とも言えるのかもしれない。

まあ、まったく気にはしないけど。

昨日の晩から深夜にかけてコメントやリプをくれた人たちに返信をおくり(全ての人には返せていないです。ごめんなさい)、本でも読もうかとおもったとき、娘の顔をみて、ふとおもった。

なぜ、彼女は読書が好きなのだろうと。

 

彼女は幼稚園のころから絵本を読むのが好きで、ことし小学3年生になろうとしている今も、それは変わらない。

さいきんではマンガにも興味があるらしく、コロコロコミックを読んだりもしている(ミニオンとまじめくんが面白いらしい)。

『なぜ?どうして?』という科学のふしぎ的な本も読んでいる。

 

「パパ、太陽の温度は何度か知ってる?」

「パパ、亀の寿命はいくつか知ってる?」

といった質問をよくされる。

「知らない」とぼくが答えると、鼻を膨らませては渾身のドヤ顔で教えてくれる。

そんな、いついかなるときも愛おしい彼女は、なぜ読書が好きなのだろう?

テレビゲームの邪魔になってはいけないので、息子にコントローラーのバトンが渡ったところで聞いてみた。

「なあ、何で本を読むのが好きなん?」

彼女はすこし考えて、答えた。

「うーん…知らないことを知れるのが楽しいから!」

 

ぼくは、唖然として、おもった。

我が家に、ソクラテスがいると。

 

自分はまだたくさんのことを知らない、ということを彼女はすでに知っている。

ソクラテスの名言、「無知の知」をこの年ですでに知っているのだ。

大人でも知らないひとがたくさんいるなか、子どもがそんなことを言うとは。

いや、「子どもだから」なのかもしれない。それでも、なんとも言えない驚きを、ぼくは隠せなかった。

 

 

我が家には、ソクラテスがいる。

もしかすると、どの家庭にも我が家のような小さいソクラテスはいるのかもしれない。

もし、仮にそうだとしたら、我々大人がしなければいけないことはただひとつ。

子どもの好奇心をいつまでも枯れさせないようにしてあげること。

そんなことを考えていた週末の朝、

気がつくとゲームのコントローラーは、息子からまた娘に戻っていた。

 

 

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