日本国紀/百田尚樹【読書感想・書評】

 

 

史実なんてのはすべてウソ。

その可能性もゼロとはいえないのが、史実なのかもしれない。

もちろん、そんなことは0パーセントに近いことだとおもう。

大筋のできごと。たとえば、江戸という時代があったこと、大東亜戦争という争いがあったことなどについては、信ぴょう性のたかい日本の歴史なんだろう。

しかし、実際のところでいえば、ぼくがその時代を生きたわけではないし、それらを目にしたこともない。また、そのことを確認することも、タイムマシン的な何かが発明されないかぎり不可能。

つまり、歴史をよく知りもしない、ましてやアタマも良くない自分には、事実確認がとれない、曖昧な部分も多いのが歴史だとおもうわけです。

 

しかし、だからこそおもしろくて、ロマンが詰まったものであるのが歴史だと、百田尚樹さんの著書、日本国紀を読んで感じた。

本書は縄文時代から平成まで、日本という国はどういった道を歩きながら生きてきたのか、ということについて書かれた日本通史だ。

ややこしいことをさきにのべておくと、本書が正確な史実に基づいて書かれているのか、そのことに関しては疑問の声が少なくない。

ただ、はじめにいったとおり、ぼくは歴史自体が曖昧なものだとおもってるし、元々そこまで歴史の事実に信ぴょう性を求めていないので、そのことをあまり気にしていない。

だから、日本国紀は楽しく読ましてもらったし、それどころか学ぶこともおおかった良書だというのが、本書を読んだ率直な感想だ。

 

明治庶民に見る日本人のこころ

個人的に印象的だった話をひとつあげるなら、明治維新から明治にかけて日本を訪れた外国人が、そのときの日本をどのように感じたのか、ということついて書かれていたところだ。

書かれていたことを簡潔にまとめると、日本に生きる庶民の素敵さに、外国の人たちは驚きを感じずにはいられなかったのだとか。

明治を生きた日本庶民は、あいてが外国人だからとお金をぼったくるようなこともせず、モノを盗むだとかいうことも嫌う、誠実さと優しさに満ち溢れたひとたちだったと、

当時日本をおとずれた外国人がたくさん書き記しているのだそう。

このことを聞いて、ぼくのこころはぬくぬくと暖められ、どうじに、明治を生きたひとたちに、尊敬の念をいだいたのは言うまでもない。

また、これは余談だけど、ぼくはコンビニや比較的時間がかからない場所にクルマを止めたとき、カギは開けっぱなし、エンジンもつけたまんまで店内に入ることがよくある。

そういった、ある意味平和を前提にした行動も、当時を生きた日本庶民から受け継いだ何かなのかなと、ふと感じたりもした。

冷静に考えると、カギはどんな場合であれかならず閉めたほうがいいし、多分、じぶんがズボラなだけだから、良い子のみんなはマネしないことをここでオススメしておく。

 

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憲法第九条に教わる自分の甘さ

ほかに本書を読み気を止めたところは、憲法第9条がどのようにして作られたのか、ということについて書かれてあった部分だ。

日本国紀には、大東亜戦争後、かの有名なマッカーサーが日本が再び立ち上がり、アメリカに噛み付くという脅威を排除するためにつくらせたというような書き方をしていた。

そのことが本当であるのかは、ぼくにはわからない(少し調べてみると他にも説はあるみたい)

しかし、自分にとって重要なのは憲法第9条はどのようにして作られたのかという事実じゃなく、憲法第9条はどのようにして作られたのかということを考えたことすらなかった自分がいた、という事実だ。

日本でいまを生きるひとの中には、この憲法第9条を日本らしいとてもいい法律だとおもっているひとも多いのではないか。

実際、ぼくもそうおもっていた。しかし、なぜそう思うのかを、深く考えたことはなかった。そのことを本書に気付かせられた。

仮に、憲法第9条が本書のいうようにマッカーサーが日本の力を奪い去るためにつくられた法律だとして、そのことを知らなかったぼくのようなひとたちは、なんの考えもなしに憲法第9条はいいものだと、

そのことについて何も考えず漠然と思っていたときと同じ気持ちで、おなじことが言えるだろうか。

実際はその背景に薄暗いハナシが渦巻いていたとしても、それでもまだ同じ気持ちでなんの考えもなく、憲法第9条は良いといえるのだろうか。

恐らく、言えない。少なくとも、ぼくは。

それどころか、まったく違った答えを用意する可能性だってあると、ぼくは感じた。

そんな気付きと思考を与えてくれたのが、ぼくにとっての日本国紀だった。

 

おわりに。

歴史に「たられば」はなく、また、事実関係についてもあやしい部分がたくさんあることはいなめない。

これは日本国記の著者、百田尚樹が作中で言っていたことだ。そしてぼくもその意見に同意だ。

それでも、ぼくたちの先祖が何をしていたのかに想いを馳せ、もしあのとき、あの決断を180度変えていればと考えると、それだけでとても面白いし、何より今に活かせる知恵とはなる、とぼくはおもってる。

事実がどうであれ、過去の人類に興味をもつことは、それだけで意味がある。

なにより、何万年もまえからひとびとが世界を歩んできた軌跡には、数多くのロマンがあって普通だ。それは、薄っぺらな恋愛ドラマより、よっぽど価値のある物語。

そんなことを、日本国紀を読み、感じさせられました。

 

先にも書いたとおり、歴史の正確さについては正直分からない。まあ、歴史本なんてのは、全てそうなのかもしれないけど。

個人的には、そういったケチがついていようが、読んでよかったなとおもった本です。

ぼくのように、歴史に浅いひとが歴史を知るにはとても面白い書になるとおもう。また、百田さんの斬新な歴史の見方は、自分のなかでしらないうちに凝り固まった考えを解くキッカケを与えてくれたりもする。

それが欲しいなら、本書を読む価値は十分にあるとおもいます。

 

 

 

読書が愛人。

 

 

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