還暦をクリエイトする。【寿命100年世代の生き方】

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これからのヒトは100歳まで生きる。

そんなことを耳にする機会が最近ふえてきたようにおもいます。

それが本当なのかはわからない。

しかし、そうなる確率はカナリたかい。

ハッキリとした根拠なんてないけど、何となくじぶんはそうおもうのです。

だから、ぼくはもうこれからさき100歳まで自分は生きると決めつけて生きていこうと考えています。

そのほうが、結果的に毎日をたのしくすごすことになり、ぼくにとっては「自分らしく生きること」になり得ると感じたからだ。

寿命100年と決めつけた理由

なぜ寿命100年と決めつけて生きていこうと思ったのか。

大きく分けて二つの理由があります。

まず1点目は「いまの自分の現状にメチャクチャ疲れたから」という理由です。

朝早くに起きてはブログを書き、そこから会社に向かいしごとをこなす。

隙間時間をみつけては読書や自己発信をおこない、家にかえっても読書や情報収集にじかんを当てる。

ぼくは、こういった「時間をムダにしない行為」こそがなにより大切で、ヒトを成長させることができる1ばんの生き方だとおもい、それらを行動にうつしてきました。

だって、ホリエモンこと堀江さんの本なんかには必ずといっていいほど「時間をムダにするな!」とか「他人に時間を奪われてはならない!」ということが書かれてあるし、

有名なブロガーさんや自由に生きているフリーランスの方たちなんかもこういった思考で行動してきるヒトがおおいと自分では感じていたからだ。

しかし、率直にこの生き方はぼくにあってないなと、最近じぶんはおもうようになりました。

この生き方が自分にとっては楽しくないと感じてしまったのです。

「毎日を懸命に生きること」に必死になりすぎて、「毎日を楽しく過ごすこと」をおろそかにしていては、何のために生きているのかわからない。

自分のことに精一杯でかぞくとの時間がへるのであれば、それはぼくにとって喜ばしいことではない。

何より死ぬまでこの感じで生きていくのはぼくにとってはできそうもないし、単純に疲れるなと。

「自由に生きたい」というぼくの根本的なおもいがなくなったワケではないです。

しかし、今が楽しくないと感じるのなら、楽しいと感じれる程度にもっとゆるく生きればいいのではないか。

こころと時間に余裕をもちながら、自由に生きることを目指したほうが幸せなのではないか。

家族や友達とのじかんも確保しつつ、こじんまりと自分のレベルで自由を目指せばいいではないか。

そういった思いから、じゃあぼくはもうこれから100歳まで生きると決めつけて生きてみよう。

ゆっくりと自分のペースでやりたいことや好きなことをやり、還暦ぐらいに自己実現できたらそれでいいじゃないか、と考えたのです。

ストイックに生活することが悪いといっているわけではないです。むしろ、そういった人は心から尊敬しています。

しかし、毎日が楽しくないと感じるのなら、人生をもっと緩く捉え生きていくのも悪くないなと。

100歳まで生きると決めつけ時間をゆるくとらえることで、目まぐるしい日々の連続から解放される。

それにより、心は余裕をたもつことができます。

この余裕こそが毎日を楽しく生きるためには大切だと、ぼくはおもうのです。

これが100歳まで生きると決めつけて生きようとおもった大きな理由のひとつです。

 

もう一つの理由は、「何となくそういった生き方は面白そうだし、そんなことを発信している人はまだ誰もいない」とおもったからです。

今をムダなく必死に生きるヒトがいる一方、還暦あたりに自由な人生を目指すという、

恐ろしく歩みのおそい牛歩ブロガーというヘンテコなところにポジションをとる発信者が1人くらいいても面白いのではないかと、考えたからです。

還暦をクリエイトする。

100歳まで自分は生きる。

そう考えると、還暦を迎えたとしてもあと40年以上は生きなければいけないことになります。

ということは自分の還暦あたりに標準をあて、人生をデザインしていくことは思いのほか大切で、とても重要なことだといえますよね。

それに、これはぼくのような偏った考えでないヒトたちにとっても関わりの深い問題ではないでしょうか。

これから世の中がどう動いていくのか、正確はことはわかりませんが、

普通に会社員として生きていくヒトたちにとっても還暦あたりからの働き方は考えておかなければいけない大事なことです。

今この瞬間でさえ会社をクビになるリスクはゼロではない。

それが還暦を迎える年になったとき、今と比べるとそのリスクが増えるのかどうなのかは火を見るよりも明らかです。

そういったこともふまえ、ぼくは還暦を一つのターニングポイントとすることにしようと思ったのです。

今すぐ自由にはなれなくても、還暦からやりたいことや好きなことだけを自由にやっていけるのならそれでいい。

だって寿命100年とかんがえると、30歳のぼくにとっては今から還暦までを生きるより、

還暦から死ぬまでを生きるほうが長いのですから。

このように寿命100年と考えるなら、ぼくのような自由とか好きなことをして生きたいといったおもいがあろうがなかろうが、

年を重ねたときにいったい自分はどう生きていくのかを考えておくことはけっこう大切。

ということは、寿命100年世代にとって自分の還暦を考え「自分の還暦をクリエイト」することは、

多くのヒトにとって重要なことだといえるのではないでしょうか。

ですからそこに標準を当て、発信していくブロガーが1人くらいいてもいいんじゃないかなと、ぼくは考えたのです。

まとめ

寿命100年と決めつけ、自己実現を果たす期限を還暦あたりに伸ばすことによりうまれる余裕は、

じぶんにとって多くの良き副産物をもたらしてくれると、ぼくはおもっています。

逆に余裕がなければ、じぶんにとってほんとうに大切なモノを大切にできないのではないかとさえ今では感じています。

だってそうじゃないですか。

余裕がなければ今日は疲れたからもう寝ようと自分を大切にしてあげることもできないし、

自分の近くにいる大切な人たちをしっかりと思いやることもできない。

あくまで個人的な意見ではありますが、そんなことならいまをゆるく捉え、毎日をたのしみながら自由を目指し生きていくほうがいい。

そうすれば、体や脳が疲弊して全停止することもないのですから。

 

聞くヒトによればただの怠け者じゃねえかってはなしだとおもいます。

しかし、周りのスピード感に合わせることで疲弊してしまうくらいなら、自分らしく、自分のペースでゆっくりと生きればいい。

寿命が100年という時代なら、自己実現が還暦までかかったとしても、決して遅くはないのです。

 

これが正しいことなのかはわからないけど、とりあえずこれからはこの考えをじぶんの芯に置き、

ゆっくりと発信活動をつづけていこうとおもいます。

そうだな。

「還暦クリエイター」とでも名乗り、活動してみるのも面白いかもしれないなぁ。

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ABOUTこの記事をかいた人

読書感想を主に書いてます。 元ニート×ギャンブラー×無職で結婚した男がゼロから這い上がるべく、日々学んでいます。 【座右の銘】 言いたいことも言えない こんな世の中はポイズン。