ヒトは正しい道を模索するために考えるが、場合によっては悪になる。

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何故、人は考えるのか。

それは、自分なりの正しい道(答え)をみつけたいからだと、

ちきりんさんの著書「自分のアタマで考えよう」を読み、そう考えさせられました。

 

どうも!

読書ブロガーのminami(@baka_doku)です。

今回はヒトは何故考えるのか、また考えることは良いことなのか、悪いことなのかということについて考えてみました。

考えるキッカケになったのは冒頭に書いたとおり、ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)の著書を読んだからです。

それでは早速、本題にはいっていきたいとおもいます。

なぜ人は考えるのか。

冒頭にも書いた通り、

自分なりの正しい道(答え)をみつけたいから、というのが今ぼくが「人はなぜ考えるのか」について考えた結論です。

 

例えば、自分の生き方について悩み考えているのであれば、

それは自分が今以上に成長した地点に登りたいという思いからくるモノ。

つまり、考えるという行為は、未来の自分や物事をより良いモノにするため、または悪い方向に向かわないための未来予知だと、ぼくは思うのです。

 

そう考えると、考えるということは人間として純粋に良いことだなと。

だってそうだろう。どんな事柄であれそれらについて悩み、考えることは人として正しい道を模索していることに他ならないのですから。

 

考えること自体は純粋に良いこと。

抽象的な表現ではありますが、本書を読みぼくはそう感じました。

結論なき思考はダメ

かといって考えているだけではダメだというのがぼくの意見です。

さきほども書いたように、考えるとは正しい道を模索していることに他ならない。

しかし、これをもう少し掘り下げ考えてみると、

考えるとは正しい道を模索しているだけで、1番肝心である結論に向かいまだ歩みだしてはいない。

その場に立ち止まり、本来の目的であるその先の何かには一歩も近づいていないとも言えるからです。

考えることは人として正しい行為だと思いますが、考えることが目的になってしまっては1番大切な自分なりの結論や答えを見失ってしまいます。

そうなってはもはや何の意味もない。

考えるということも、場合によっては悪になりえるのです。

さらに、この足枷は非常に気付きにくいというのも頭に入れておかなければいけないことではないでしょうか。

というのも人は考えるだけでなんとなく成長したり、問題をクリアした気分になれる不思議な生き物だからです。

考えること自体は悪いことではない。

しかし、その先にある結論がなく行動に移せないのであれば考える意味はない。

そうなってはただ時間を浪費しているだけだとさえおもいます。

 

とりあえずでも仮でも、たとえ自分の導き出した答えが間違っていてもいいんです。

考えるという行為がただの時間浪費になってしまわないよう、考えることの最後には自分なりの解をだすことを心がける。

これが何かを考える上では重要なことだなと、本書を読み考えさせられました。

考えることより大切なこと

本書を読んでも感じたことなのですが、ちきりんさんのツイートや発言にはいつも自分は考えが浅いなと反省させられます。

また、どれもこれも本質をついたコトバだから何も言い返せない。笑

だから、もしこのブログをちきりんさんが見たら、

「あぁ…このクソ豚野郎はまだ考えるということがわかってねぇな」とお思いになるかもしれません。

それでも、自分の今できる限界を晒すこと、行動に移すことは大切だと思うのです。

というか、ちゃぶ台をひっくり返すことをいうようで申し訳ないですが、

考えて足が止まるくらいならとりあえず行動した方がいい、というのもぼくの中にある強い考えだからです。

控えめにいってもぼくは頭が良くないです。

考えること、特に妄想とか未来について考えたりするのは好きですが、それが正しい考え方なのかは本当のところわかりません。

実際、本書の後半は少し難しくてまだちゃんと読めてません(ちきりんさん、ごめんなさい)

だからといって、恥ずかしいと何もしないでいては何かが変わるはずなんてない。

なら、間違っていてもとりあえず行動に移すほうが遥かに良いとぼくは思うのです。

 

問題を解決する、自分が成長していくためには「考える」ということは必要不可欠な行為だとおもいます。

しかし、あれこれ悩んで動けなくなってしまうなら、とりあえず仮の答えをサッと決めてしまって行動に移し、経験をつむ。

難しい問題だとそうはいかないかもだけど、今自分が直面している問題に対しては、

そういった解決方法のほうが時には有利にはたらくんじゃないかな、と本書を読み考えました。

まとめ

どうでしたか?

これがぼくの「考える」について考えたことです。

最後に何が言いたかったのかを簡単にまとめておきます。

  • ヒトは正しく生きたいから考える
  • 考えること自体はヒトとして純粋にいいこと
  • 結論なき思考はダメ。時間の浪費に他ならない。
  • 考えているフリでもなんとなく問題解決したようになれるのが人間
  • 考えすぎて足がとまるくらいなら行動に移したほうが良い(特に僕のようなバカは)

こんな感じかな。

勘違いしないでほしいのが、ちきりんさんの著書「自分のアタマで考える」にこういった意見が書いているのではありません。

この記事は本書を読み、ぼくが感じたこと、かんがえたことを書いているのでその辺りはくれぐれもご理解くださいませ。

 

過去の記事でも書いたんだけど、考えるってメチャクチャ疲れる行為です。

過去記事>
新たなるステージを目指し、今までの読書感想文を捨てる。

しかし、ここが抜け落ちるとモノゴトの本質や本当に大切なことが何なのか、いつまでたってもわからないままだと思うのです。

また、自分のアタマで考えなければ死ぬまで世間の常識とされる考えに流される羽目になる。

そんな意見を持ち続けるくらいなら、たとえ間違っているといわれようが一旦自分のアタマで考え、結論づけた答えをぼくは大切にしたい。

正しいか正しくないかはそれから決めてもおそくはないと、ぼくは考えます。

以上が僕の意見です。色々書いてきましたが考えるということもまた人それぞれの価値観。

何がいいとか悪いとか、そんなものは元からないのかもしれない。

それでもヒトは、悩み、考える。

 

あなたは考えるということを、どう考えますか?

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

「読書」と「考えること」が主食。読書から得た学び、これからの生き方・働き方について、主に書いているブロガー。 無職で結婚→日雇労働→副業サラリーマン(今)→面白いことで人生が埋め尽くされている(未来)→木(来世)