「自分」を仕事にする生き方ーはあちゅう【読書感想&書評】

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「自分」を仕事にする。

 

 

それは、何よりもまず自分と向き合い、自分を深く理解することが重要。

自分をよく知りもしないのに、「自分」を仕事になんてできるはずがない。

「自分」という商品を価値あるモノにし、社会に提供していくためには、自分の中で起こる些細な感情や思いに耳を澄ませること。

これが今ぼくが1番しなければいけないことだと、

はあちゅうさんの著書
「自分」を仕事にする生き方を読み、感じました。

 

嫌いなことに目を向けることで
自分の好きが見えてくる

 

日曜日の夕方、テレビで放送されている人気アニメ「サザエさん」を見ると、ぼくはとても憂鬱になる。サザエさんが面白くないと言っているのではない。

 

明日からまた仕事が始まる

と、休日の終わりを知らせるアラームが体の中で鳴りひびくからだ。

 

なぜ憂鬱になるのか。

 

好きなこと、やりたいことを仕事にしていないからでしょう。大雑把に言えばこれが答え。

しかし好きなこと、やりたいことが明確にあるかと言われれば、これも返答に困る。きっと、こんな中途半端な感覚を持っているのはぼくだけではないのではないか。

 

好きなモノってなんだろう…

 

それを探すカギは「やりたくないことをしている時に湧き出る感情にある」と、はあちゅうさんは本書の中で指摘している。

「はやく帰って本読みたいな」
「新作の映画を見たいな」
「音楽フェスに行きたいな」

こういった思いを仕事中に抱いたことがぼくにはある。やりたいことがゲームであろうが、スポーツ観戦であろうが同じこと。

サラリーマンや受験勉強をしているヒトなんかは、こういった感情を誰だって持ったことがあるのではないか。

些細な「やりたい」や「好き」に目を向ける。

それが自分のホントに「やりたいこと」や「好きなこと」を見つけるキッカケになるのだと。

そう考えると、嫌いなことをしている時間でさえ、長い目で見ればそこまで悪いことではないのかもしれない。

もちろん、はじめから好きなことや、やりたいことが明確にあればその必要はないと思う。ですが、そうでない場合は嫌なことをしているからこそ、自分の好きなモノを見つけることができる、という考え方もできる。

些細な好きであっても、無意識レベルで出てくるその感情をないがしろにしてはいけない。

それらはきっと「自分とは何者なのか?」という問いを紐解く、大切な感情なのだから。

一瞬の熱をとにかく大切に

テレビやヒトの話を聞いて「それ何か面白そう」とか「カッコよさそうだな」と思うことってありますよね。

でも、人間とはとにかく怠け者で、実際にそれらをはじめるヒトは本当に少ない。

これは思いのほか重大。

当たり前の話だが何もしようとしないヒトが「好きなこと」や「やりたいこと」を見つけることなんてできない。

ここで重要だと感じたのは「自分が興味をもったその瞬間、行動に移す」ということ。

本を読んでこれ良さそうだなと感じた部分があるならすぐさま取り入れる。SNSで自分を発信してみたいと思ったなら、とりあえずアカウントだけでもその時つくる。

 

自分は怠け者。

 

これはもう受けいれてしまっていい。

ただ、怠け者だからこそ「自分は熱した瞬間でしか行動に移すことができない」ということを理解しておく。

これが大切なのかなと。

どんなに怠けていようが、「何か面白そう」という好奇心は普通に生きている限り必ず湧きでてくる。

一流のヒトはこの些細な感情に目を向け、行動に移すのがとにかく速い。それ以前に、その感情に気づくのがメチャクチャ上手いようにぼくは思う。

逆に言えば、凡人はこの些細な感情を見逃し、疎かに扱うから、どこまでいっても凡人と言えるのかもしれない。

 

やりたいと思った瞬間が1番のやりどき。

 

怠け者の凡人であるぼくのようなヒトは、このことをしっかりと頭に叩き込むべき。

「まあ、もう少したってからでいっか」と自分のやりたいを寝かせたところで、まっているのは、より熟成された怠け者の自分だけ。

鉄は熱いうちに打て

先人が残したこのコトバを、紙に書いて壁に貼り付けておきしょう。

努力の価値

簡単そうに見えるけど、やってみると案外難しい。

ぼくはこのブログをはじめ、もうすぐ8ヶ月ほどが経ちます。はじめる前はそれこそ「ブログなんて誰にでもかけるだろ」と甘い気持ちでいました。

ところが、いざ書こうとすると手が全くといっていいほど動きません。

やっとこさ書きはじめたモノの、ここはなんか変な感じだな、いやここもおかしいな、と文章を消しては書きの繰り返しで、結果的に1000文字程度を書くのに丸一日かかった。

見ているだけでは簡単そうに映る。しかし、自分がいざはじめるとなると、手が動かない。

それだけでなく、ぼくの思いを書いた記事を世に発信するということは、世のヒトに全否定される可能性だってある。

そんな怖さや不安なんかもブログにはあるんだということも、この時はじめて知った。

ブログを書きはじめたことで、他のブロガーさんの文章力や継続して書いていく力、また発信することで起こる批判やそれに対する不安などをはじめて知ることができたのだ。

また、何事も簡単にこなしているように見えるヒトほど、多くの努力が土台にあるのだろうなということも、同時に感じました。

 

努力の価値は努力したヒトだけがわかる。

 

これはブログに限ってのことではなく、何でもそう。

ヒトが努力してつくったモノをしっかり見てもいないのに批判や否定的なコトバを吐くヒトたちは、きっと努力をしたことがないヒトたちなのです。

努力さえすれば何でもいいってわけじゃないとは思うけど、努力の価値が分かってるなら、安易に否定なんてできるはずがない。

何よりぼくは、そんなヒトになりたくはない。

 

何事も否定してくるヒトがゼロになるってことは、きっとこの先も永遠にない。だからといって、そんなヒトたちに真っ向からむきあう必要もない。

 

中身のない、ただの否定はフル無視で全然良い。

 

そんなヒトたちに心を消耗させる必要なんてないと、本書を読み、思うことができました。

まとめ

本書は「自分という最大の資産をもっと有効活用して、より楽しく、より豊かに生きる」をテーマに書かれている本です。

個人で生きる、個人で生きれる時代だからこその考えを元に書いておられるのだけれど、それらは何も一握りのヒトにしかできない、といった生き方ではなく、誰にでもそのような生き方は可能だと、はあちゅうさんは本書で強くおっしゃっています。

本書を読み終え、こんな思いがある方にとっては何かしらの学びになる本なのではないかな、と感じました。

  • 好きなことや、やりたいことがない
  • 好きなこと、やりたいことを仕事にしたい
  • 個人で生きる働き方をみつけたい
  • 「自分とは何者か」がわからない
  • 何事も行動に移すことができない
個人の価値さえあれば生けていける。

 

好きなことがあるだけで価値を見出せる時代。

 

これらをどう捉えるかはホントに人それぞれの意見があると思う。受動的に働き、生きているヒトにとっては、正直キツイ時代に突入する、突入したとも言えるのだから。

しかし、AIやロボットなどのテクノロジーがこれからさきドンドン発展し、働き方が大きく変わっていくという未来を避けて通ることもできない、とぼくは思う。

そんな未来を見据えながら、ぼくたちは今を生きていかなければならないのだ。

そう考えると、「自分」を仕事にする生き方とは、単に自分の好きをカタチにするということだけではなく、これから先の未来を強く生きていくための武器にもなる。

そのためにも、まずは自分の「やりたい」や「好き」について敏感になることを心がけよう。

そして、自分をもっと深く理解していこう、というのが

ぼくにとっての本書から得た1番の学びでした。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

「読書」と「考えること」が主食。読書から得た学び、これからの生き方・働き方について、主に書いているブロガー。 無職で結婚→日雇労働→副業サラリーマン(今)→面白いことで人生が埋め尽くされている(未来)→木(来世)