「ヒトのため」も「自分のため」も突き詰めると同じなんじゃないかな。

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「ギブ&ギブ」

仮想通貨の登場や働くことについて重要だと感じるいちばんの理由がお金でなくなり

法定通貨の価値が今後より一層下がっていくといわれている今、だいじなのはとにかく「無償で人に与えること」だと多くの著書で言われています。

要はひとびとの信用を得ることが何よりだいじだということ。

ぼくもこの意見には賛成。ベーシックインカム(政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給するという政策)などが普及すればこの動きはより現実味をおびてくると思う。

無償で誰かに何かを与える。

色々な書籍やネット記事を読み、この「無償で与える」をあらためて考えてみると、これがなかなか複雑でむずかしい問題であると感じた。

人のために何かを与えるということは、人のために何かを与えれる知識やアイデア、あたらしい情報、斬新な考え方など、さまざまなモノが必要になってくる。

仮に、もしそれらを自分が手に入れ、いざだれかに与えようと思ったとしても、実際その情報がその人のためになるかはわからないし、もはや古いモノであるなら人のためにはならないといった可能性もある。

そもそも「人に何かを無償で与える」ことが「人々の信用を得る行為」だとしたら、それらは結局「自分の為」になってしまい、本当の意味でのギブにはならないのではないか。

このように考え出すとキリがない。

しかし、漠然と問題を抱えてるだけでは何も進まないのも確か。

仮であれど自分の中でとりあえずの答えは出さなければいけない。その複雑なモノをできるだけシンプルに考えたぼくなりの考えをここで話したいと思います。

ギブすることが大事だとは理解している。だけど、私には何も与えるモノなどない。私は人の役に立てるような人間ではないといった思いを抱いている方に是非読んで欲しいです。

まずは自分の為に頑張ってみる

もともと何かしらのスキルや特殊な経験談をもっている方は、それらがすでにひとの役に立つ情報である可能性はかなり高い。

しかし、そんなものなど持ってはいない。といったぼくと同じような境遇の方も少なからずいるだろう。

そんな方に向けてぼくなりの意見は、まず自分の為に何かやりたいこと、好きなことを始めたり、学んだりすればいいんじゃない?ってもの。

あまり難しく考えず、シンプルに考えた結果こうなった。

人のためと謎のプレッシャーを自分にかけてしまうより、とりあえず他人のことは気にせず、自分のために色々学び、体験していこうよと。

それが巡り巡って「人の為」になるかもしれないぐらいの軽い気持ちで良いのではないか、ということです。

発信さえすればヒトの為になる

考えに考えた結果、この世の全員に役に立たない情報などない。というのがぼくの結論。

はじめは「ひとの役に立つ」ことについて考えると、それはそれはむずかしく大きな問題のように感じていました。

ある日なんて世界を救うにはどうすればいいのか、という訳の分からないレベルまで頭の中が発展したこともあります。笑(悪いことではないと思いますが)

しかし、シンプルに考えるとそれほどむずかしい問題ではないんじゃないか。

というか、もっとみじかな悩みや情報を知りたがっている人たちの方が圧倒的に多いのではないかと思ったのです。

食べログなんかはまさにそうで、近くの焼き鳥屋がうまいのか、あんまりうまくないのかという素人目線でみた回答を欲している方もたくさんいるのだと。

だとすれば、ぼくやあなたの小さな体験、学びも誰かにとってはこの上なく良質な情報になり得る。

人の為になればといった思いでぼくも発信していますが、突き詰めて考えると、あまりそこは難しく考えないでもいいのかなと。

自分の意見を発信するだけでも、誰かにとってはものすごく役に立つ情報なのかもしれない。

自分が体験し感じたものを率直に発信するだけでも、誰かの不安や迷いを消せるかもしれない。

「ひとのため」も「自分のため」も発信さえすればどちらも「誰かのため」になる。誰かの役に立てたという喜びは結果「自分のため」になる。

そう考えれば、「ひとのため」も「じぶんのため」も突き詰めれば同じことなんじゃないかなと。

だから、入り口は「じぶんのため」で全然かまわない、そう思いました。

自分のためをいちばん
考えてあげられる人間は自分

どんなに「人に与えることが大事」だとしても、それ以上に大事にしなければいけないのはやはり自分。

なぜなら自分の人生をしっかり生きることができるのは他のだれでもない自分しかいないのですから。

それに、いくら人に与えることができる人だとしても、その人が自分の人生を楽しく充実させた生き方をしていないのなら誰かからの「信用を得る」ことなんてできないのかな、とも思いました。

自分のために学び、それらを共有することが「ひとのため」になる。

そこに問題の大きいや小さいでどちらが優秀だといったことはない。

どんな小さなことでも、この世に1人しかいないひとの考えや体験に大きな価値がある。

これがぼくのシンプルに考えた「人に何かを与える」ことについての考えです。

難しく考えていた方の荷が少しでも下りれば嬉しいな!

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ABOUTこの記事をかいた人

読書感想を主に書いてます。 元ニート×ギャンブラー×無職で結婚した男がゼロから這い上がるべく、日々学んでいます。 【座右の銘】 言いたいことも言えない こんな世の中はポイズン。